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Visit Lyli Herse

昨年の夏、旅先で憧れの女性に逢えました「私が走れば、いつだって花束がもらえたのよ」そう語る彼女は、1950〜60年代にかけて8度(!)のフレンチ・チャンピオン(自転車ロードレース)に輝いたリリー・エルス


フレームビルダーだった父、ルネ・エルスの自転車を駆って勝利したというから、なんともロマンティック! そんなリリーは88歳になった今も、ホームトレーナーで年間7000km以上走るというから驚きです。走ることが暮らしの一部に、人生の一部になっているとはまさにこのこと。


自分たちの自転車でおじゃました私たちですが、せっかくなので友人のタンデムを借りてプラリ。1946年に作られたというルネ・エルスのタンデムは、半世紀以上も前に作られたとは思えない快適な乗り心地です。

かつてフランスでは 、”結婚のお祝いに 友人一同がカンパしてカップルに贈るギフト”としてタンデムに人気があった時代があったのをご存知ですか? 今ではバカンスの印象も強いフランス人ですが、国民の権利として2週間の有給休暇(いわゆるバカンス)を得たのは1936年のこと。それまで労働条件などあってないようなものだったフランス国民にとって、それは初めての夏休みでした。そのとき、彼らが選んだのがタンデム。クルマや汽車のチケットは買えなくても、タンデムがあれば大切な人と二人で旅に出ることができたのです。なんとも素敵な史実ですね。ちなみに、フランスでは1789年のフランス革命に次いで、重要な年と捉えられている1936年。労働改革や革命を解説する教科書では、いつだってタンデム・ライドの写真が使われているそうですよ。

そして、常に「走る」ための自転車を追求し続けていたルネ・エルス。やはりルネ・エルスの価値は走ってこそ発揮されるものなのでしょう。今日はショートコースを走っただけですが、いつかルネ・エルスで旅をしてみたいなぁ、そんなことを考えながらタンデム走行していると、最初は「乗らなくてもいいわ」と言っていたリリーも……


ヤンとタンデム! すごく楽しそう。そして、さすがのポジションです。カメラ目線もバッチリ! 私より走りが軽快なのは言うまでもありません。

実はこの日、チーム・ルネ・エルスで走った自転車仲間が集まりました。平均年齢はおそらく80歳以上。何が印象的だったかといえば、歴史的な栄光を語るだけではなく”最近の走り”について熱く語り合っていたこと。大病を煩っても、身体能力の衰えを感じることがあっても、それぞれのカタチで自転車のある暮らしを楽しんでいる。「最近ちょっと太ったんじゃないの?」「自転車に乗ってないからだろう!」なんて、冗談を飛ばし合っている。みなさん生涯現役を地でいかれていて、とても格好よかったです。


とてもチャーミングで笑顔がステキなリリー。帰り際には、庭で摘んだ花をブーケにしてプレゼントしてくれました。こんな風に年を重ねられたらいいな。そんな風に感じた、2016年・夏の思い出です。

Last summer, I met a lady of my dream. She told me: "When I rode, I often received a bouquet of flowers." She is Lyli Herse, who won the French championships (bicycle road race) 8 times.
Her father, René Herse, was a bicycle frame builder. She always rode her father's bikes. It is so romanic! Even though she is 88 years old, she still rides: This year, she has ridden more than 7000 km on her home trainer. What a surprise!
Her smile is very charming. When we leave her house, she gave us an bouquet she made from roses in her garden. When I grow up, I want to be like her!

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PAUL CAMP 2017

PAUL Components が主催するメディア向けツアー『PAUL CAMP2017』に参加してきました。PAUL Componentsは、カリフォルニア州チコで、創始者であるポールが1989年にスタートさせた自転車用コンポーネントのメーカー。メイド・イン・U.S.Aにこだわり、今もチコの本社兼ファクトリーでパーツの生産を行っています。



創始者のポール。「自分は一人のバイク・ガイに過ぎない」と屈託なく笑うポール。飾らない人柄がとても印象的です。以前からバイシクル・クオータリーを読んでくださっていて、私の書いた記事も覚えていてくれました。「“スローライダーにこそ高性能なバイクパーツを” って記事。あれはとても新鮮で面白かったよ。すごくいい視点だと思う」と。ココだけの話、女性ならではの視点が受け入れられたようで、とても嬉しかったです。


今回のPAUL CAMPでは、メディアのために用意されたMTBフィールドを中心に活躍するフレームビルダーのハンドメイドのマウンテンバイクやモンスタークロスがズラリ。どのバイクもPAULの最新パーツを搭載しています。


「カラフルな自転車パーツを作りたくって、この仕事を始めたんだ」というポール。例年、PAULではコンセプトカラーのパーツをリリースしています。2017年モデルは鮮やかなブルー。


私は基本的に他のメディアの皆さんとはバイクのサイズが違いすぎて、試乗車をシェアすることができません。そんな私のために、ポールは小降りなSTEVE REX(スティーブ・レックス)のマウンテンバイクを用意してくれていました。このバイクには最新のパーツが着いているわけではありません。けれど、PAULのパーツが他のどのカスタムバイクよりも搭載されています。まだまだ女性にはやさしいとは言えない自転車の世界。だからこそ、こうした配慮が嬉しかったです(PAUL CAMPの参加者で女性は私だけでした)。

ちなみに日本には、“登りも降りも乗って楽しい”シングルトラックがそれほど多くはありません。そんな背景もあって、実は私、マウンテンバイク初体験です。ドキドキ……。


PAUL CAMPには、バイクを提供したフレームビルダーも参加しました。ポールから簡単な説明があった後、メディアもそれぞれ試乗するバイクをセレクトして、いざチコ近郊のシングルトラックへ。初日と2日目はみんなでオフロード・ライディングを楽しみました。マウンテンバイクに最適なフィールドが走って十数分の場所にあるなんて、理想的ですよね。

ちなみに、チコのハイカーはとてもフレンドリー。「こんにちは。楽しんで!」そんなやりとりが大切なのは、世界中どこだって共通です。挨拶を交わして、お互いに道を譲ったり、譲ってもらったりしながら、道をシェアして走ります。


もちろんポールも一緒に! 日本とは地形も気候もシングルトラックのコンディションも違います。こんなにドライで丘陵地で手軽に市街地からアクセスできるオフロードって日本にもあるのかしら? このあたりのシングルトラックは彼にとっては庭のようなもの。


快適なだけのオフロードじゃつまらない、と、いうわけで、ところどころテクニカルなパートも。こうしたMTBのメリットを最大限に活かすことのできる環境でテストを重ね、PAULのパーツは生み出されています。


50kmほどのライドの後は、別ルートで合流したPAULスタッフとメディア、フレームビルダー、みんなでピクニック・ランチ。「そんなに短いコースじゃないし、テクニカルなパートもある。エスケープルートも用意してあるから疲れたら声をかけてね」と言われていたので、完走できてほっとしました。ふぅ。

あっ、もちろん落車もケガもしていないですよ。わりと慎重な性格なので、楽しくのんびり走らせていただいちゃいました。私の乗れるサイズの自転車を用意してくれたポールに、心から感謝です。自転車ツーリングとはひと味違ったクセになる楽しさだったので、このレポートはいずれバイシクル・クオータリーで記事にしようと思います。


美しい渓谷のビュースポットでひと休み。参加者同士、すっかり打ち解けて自転車談義で盛り上がります。タフなオフロードのパートはここまで。この先はもう、PAULまでメローなグラベルを流して走ります。


その日の夜は、チコの主要企業である『シエラ・ネヴァダ・ブリューワリー』へ。参加者がビールのテイスティングやファクトリー・ツアーを楽しんでいる間、今回用意された試乗車はショーバイクとして展示されました。どのハンドメイド・バイクもワイドタイヤにディスクブレーキ。確立されたメソッドがあるわけではないから、一台として同じデザインのバイクはありません。日本では、ハンドメイドのマウンテンバイクやモンスタークロスって実際に目にする機会があまりないですよね。貴重かつ、かなり刺激的なエキシビションでした。


翌日はファクトリー・ツアーが開催され、PAULのオリジナル・パーツがどのように生み出されているのか、どのようなこだわりがあるのか? ポール自ら語ってくれました。


ファクトリー・ツアーの後は、各フレームビルダーによるプレゼンです。彼はAdam Sklarアダム・スカラー)。2017年のNAHBS(北米ハンドメイド自転車ショー)でBest Mountain Bike賞を獲得した、モンタナ在住の若きフレームビルダーです。アールのついたトップチューブがとてもアイコニック。


今回、参加したフレームビルダーとポール。右から、Cameron Falconer、Rick Hunter、Robert Ives (Blue Collar Bikes)、Steve Rex、Adam Sklar、Alec White (White Industries)、paul Price (Paul Components)、Sean Burns (Oddity Cycles)、Curt Inglis (Retrotec)、John Caletti, Jeremy Sycip、Chris McGovern。

※ホワイトインダストリーズはPAULと同様、カリフォルニア発の自転車用パーツのメーカー。今回のPAUL CAMPに協賛していました。


PAULの魅力だけでなく、カスタムバイクやチコの魅力を満喫したPAUL CAMP 2017。マウンテンバイクもいいなと実感した3日間でした。ブログでは駆け足の紹介でしたが、ファクトリーツアーのフル・リポートやヤンのバイク・テストは、バイシクル・クオータリーに掲載する予定ですので、どうぞお楽しみに♪




















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How I came to chose a Cyclotouring bike


私が最初のツーリング車を購入した1990年代後半、ビギナーやツーリストにはMTBが人気で、ロードレーサーは本格派の選択肢。ツーリング車というカテゴリーは皆無。店頭でツーリング車を見るのは、ほとんど不可能。そういう時代でした。

学生だった当時、旅行で京都の町をプラプラと散策していたときのこと。京都の町は、バス移動が基本。慣れていないとうまく使いこなせません。どこへ移動するのも観光客の私にはストレス。そんなとき「そうだ、自転車があれば!」と、ふと思い立ちました。


とりあえず、電車に載せられるモデルにしよう。当時の私は、大抵のスポーツ自転車は電車に載せられることを知りませんでした。知識ゼロからの自転車選びスタートです。

最初は、折りたたみ自転車を探しました。だって、折り畳めば簡単に持ち運べそうでしょう? ところが安価なものは、折り畳んで「運ぶ」シチュエーションを想定していなくてNG。本格的なものというと、モールトンやBD-1、ブロンプトンe.t.c...。どれも初心者の私からすると、目が飛び出るほど高価。絶対コレ、という気持ちがなければ手がでません。

そうしているうちに輪行(Rinko)について知った私。だったら、大きなタイヤの自転車のほうがいいな。そんな風に思ったのを覚えています。そこでイメージしたのが…


映画『自転車泥棒』に出てくるような自転車。時代はファウスト・コッピが活躍した1940年代後半。
初心者の私には自転車のディテールなんてさっぱり。イメージしていたのは、ちょっとレトロでカワイイ自転車、という程度。シンプルなグラフィックでホリゾンタルのフレーム、レザーサドル、ハンドルはドロップハンドル、という具体的な憧れができました。

『THE GOLDEN AGE of HANDBUILT BICYCLES』(RIZZOLI刊) より

ところがこれが、意外と難しい。調べていくうちに、新たな難題にぶちあたりました。そもそも既成のスポーツ自転車には、身長155cmの私に合うサイズが、驚くほどなかったんです。サイズって知っていましたか? それまでお買い物用の軽快車にしか乗ったことがなかった私。自転車にサイズがあるなんて、知りませんでした。あのときの衝撃は今もはっきり覚えています。

バイクショップで相談すると、店員は「あなたのサイズはMTBしかない」と躊躇いもなく言います。少し専門的な店に行けばロードレーサーも置いていたけれど、私の身長に合う自転車は決まって、お花柄でピンク色の「女性用モデル」。結局、どこへ出かけても「あなたのサイズであなたの言うカワイイ自転車はありません」と言われる始末。

悪路を走破したいわけでも、レースで速く走りたいわけでもなく、私にとってのカワイイ自転車で旅行がしてみたかった。だから、バイクショップでMTBは走破性が高いですよと薦められても、ロードバイクならもっと速く走れますよと言われても、心はちっとも踊りません。高いお金を払ってまで買う意味が見いだせない。だって、私がほしい自転車は「ちょっとレトロでかわいい自転車」。目的は、輪行しやすくて、のんびり楽に走ることのできる自転車だったのです。


幸か不幸か、私の周りには自転車に興味を持っている人はゼロ。そんな私が調べていくうちに出会ったのが、当時、東京・神田に店を構えていたツーリング車の専門店「ALPS」でした。

ひと目惚れでした。

あれこれ探していたけれど、“長距離を快適に走る”ことを目的としている、と、うたっている自転車店はアルプスだけ。しかも聞けば、サイズと色をオーダーできるというではないですか! シンプルなグラフィックで、レザーサドルも選べます。これしかない! と、即決でした。かなりの予算オーバーだったけれど、アルバイトの時給をすべて自転車に使うことに決め、念願のツーリング車を手に入れることができました。


ちょっと長くなったけれど、これが私の最初の自転車との出合い。このとき迷わずツーリング車を選んだことが、今も自転車ツーリングを続けていることにつながっています。走り方も、荷物のまとめ方も、計画の立て方も、そして何より自転車ツーリングの楽しみ方も、大切なことはぜんぶ自転車が教えてくれました。あれから十数年経って、今はC.S HIROSEのツーリング車に乗っています。そんな、C.S HIROSEとの出合いは、またいずれ。
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Concours de Machine



昨年、夏に訪ねたフランス。その目的は、フランス南部の街、アンベール(Ambert)で開催されたConcours de Machine(コンクール・マシン※)という、ハンドメイド自転車のイベントへの参加でした。すでに、バイシクル・クオータリーでは記事になっていますが、今年も6月29日〜7月2日に開催されるので裏話をちょこっとお届けします。

コンクール・マシンとは、1934年から1949年にかけて開催された、最良の自転車を探求することを目的とした伝説的なイベントです。ルネ・エルスやアレックス・サンジェといったフレームビルダーが最先端の技術を用いて自転車の可能性を探る自転車を作り、競い合いました。評価基準は、軽量化と耐久性、走行に好ましい性能を備えているかという点。各フレームビルダーは優秀なライダーと協働することで約700kmにも及ぶグラベルロードを走り、その性能を証明しなければなりませんでした。アルミ製クランクやカートリッジ・ベアリング、カンティ・レバー・ブレーキなど、現代にも通ずるさまざまなアイデアが生まれたのもこの時代のことです。

そんなコンクール・マシンも1949年以降は途絶えていましたが、昨年に有志によって復活を遂げ、18のフレームビルダー&工房がエントリーしました。2016年のコンクール・マシンでは、ライトと雑誌を運ぶためのキャリアの装着が必須。軽量化のほか、オリジナルのパーツや機構に加点があります。参加条件は「フレームビルダーであること」。大手ブランドやショップではエントリーできません。あくまでも、フレームビルダーが腕を競う場、というスタンスもユニークですね。



審査員の一人、フランスの自転車ツーリング文化史の研究家レモン・リー(Raymond Henry)にご挨拶。彼は文化的側面を研究するだけでなく、フランス全土をブルベやツーリングで走りつくしているベテラン・サイクリストでもあります。

初対面でちょっと緊張していたのですが、私がバイシクル・クオータリーに書いた北海道ツーリングやカスケード山脈でのサイクリングの記事を「あれって、サイクリングの本質だよね。会えて嬉しいよ!」と、気さくに話しかけてくださって嬉しかった! 使用感たっぷりの私の自転車を見て「うんうん。乗ってるとこうなるよね。僕のもそんな感じ」と笑顔です。



ちょっと脱線しましたが、2016年のコンクール・マシンは、約260km、獲得標高差4000m超えの舗装路メインのコースに加え、約70kmほどのグラベル中心のコースなど、かなりハードなルートを走って自転車のテストが行われます。このコースを完走するだけでも結構ハードだと思うのですが、そこは自転車ツーリングに加え、ブルベやレースも盛んなフランス。各ビルダーの馴染みのライダー達はみな、余裕の表情です。なかには、自ら走るというフレームビルダーも。私も「えっ、明日は走らないの?」と、ちょっと驚かれたぐらいです。



バイシクル・クオータリーの編集長であるヤンは、2016年“走れる” 審査員として参加。写真は夜明け前のスタート地点にて。お隣にいるのは、ヤンのよき友人であり、パリ・ブレスト・パリを50時間切りで走るすごいブルベ・サイクリストでもある、ビクトール。ジルベルソーのチームで走るそう。



私は主催者のサポートカーに同乗させていただき、各チェックポイントを巡ります。みなさん、がんばってくださ〜い! 



最終チェックポイントだったCol des Supeyres(標高1366m)。次々とライダーが駆け抜けていきます。みなさん、ここまででも200km近く走っているはずなのに笑顔です。楽しそう!

ちなみに、コンクール・マシンはスピードだけを競うものでもありません。というのも「速ければいい」というルールを作ってしまうと、強いライダーを連れてきたフレームビルダーが有利になりすぎてしまうから。レースとはまた少し、違うのです。美しいだけではダメ。けれど、速く走れればいいというものでもない、というから面白いです。



そんなわけで、チェックポイントを最初に通過する方から最後に通過する方まで、結構待ち時間がありました。走っているみなさん、すいません。絶景のカフェでランチしちゃいました。ふふ。



翌日のグラベルロードの走行後には、フレームや各パーツに破損や不備がないか入念なチェックがありました。キャリアに破損があったり、リアディレイラーが外れた……なんて自転車も。それほど、ハードなコースだったということですね。

気になる結果は……バイシクル・クオータリーをご覧ください♪ ちなみに、私のお気に入りはコチラのカーボン&ステンレスを使ったCyfac。プロレーサーにも愛好家がいるというCyfacが泥よけキャリア付きのオールロードバイクをデザインすると、こうなるのですね。カーボン製の泥よけもとってもエレガント。ちなみに泥よけはフォークやシートステーと一体になっているので何かあったら修理が大変そうですが、そこはショーモデルということで。仕上げもとても美しかったです。



そして、ユニークな発想でキャリアとフォークを一体化させたコチラのペシュトレゴン。フレームビルダーのマチューは工業デザインが得意というだけあって、ユニークな形状のフレームをカラーリングも含めて、とてもセンスよくまとめられていました。ちなみに、ブランド名のペシュトレゴンは、彼の住む村の近くにある峠の名前なのだとか。峠越えサイクリングが好きな私。かなりグッときました。



そして、見ているだけではつまらない! ということで、コンクール・マシン終了後に私もちょっと走りに行ってきました。街からほんの少し離れただけで、のどかなヨーロッパの田舎町といった風情に出会えるから嬉しいですね。



アンベールにて。ちなみに、道路標識に斜線が引いてあるのは「ここで終わり」の印。余談ですが、フランスは道路標識がとてもしっかりしていて、ツーリストに優しいな、と感じます。ミシュランの地図だけでも、かなり綿密にプランがたてられました。




そんなわけで、ざっくりとご紹介したコンクール・マシン。2017年も出かけてきます。私は昨年同様に取材とサポートですが、今年のヤンは審査員としてではなく参加者として走ります。審査員として参加した昨年とは、また違ったレポートをバイシクル・クオータリーでお届けできると思いますので、お楽しみに!

※フランス語の発音でいくと“コンコル・ド・マシン”が近いのですが、昨年ヤンが寄稿した『スペシャルメイド自転車ランドナーの本』(2016/10月発売・エイ出版社刊)にて、コンクール・マシンと訳されていましたので、統一しました。コンクール・マシンの歴史については、スペシャルメイド自転車ランドナーの本での寄稿記事が詳しいです。

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Ride to the Tulips


この記事は、Bicycle Quarterly の編集長であるJan Heine氏の公式ブログ、"Off The Beaten Path"に寄稿した記事の日本語版です。



雨の日曜日。シアトル滞在中の私はサイクリングの変わりにファーマーズマーケットに出かけることにしました。結構な雨ですが、傘を差している人はまばら(!)。

と、それはさておき、チューリップの花がたくさん売られています。忙しくしていると、時の流れや季節を感じるのをすっかり忘れてしまいますが、そういえば日本もちょうど、チューリップの季節です。北米でもチューリップは人気があるのでしょうか? 不思議に思ってヤンに訪ねると「このあたりもちょうど、今がチューリップの季節だからね!」とのこと。へぇ。ワシントン州でもチューリップを栽培しているんだ。知らなかったです。

帰宅後、さっそく調べてみました。スカジット・バレー(Skagit Valley)という場所が、このあたりでは有名なチューリップの産地のようです。ヤンによれば、チューリップ畑はメジャーな観光地になっているとのこと。サイクルツーリストは、人の多いところ=観光地を避けて旅をする傾向があるもの(私だけ?)。ご多分に漏れず、ヤンもチューリップの季節にスカジット・バレーに出かけたことはないといいます。

私はツーリスト、しかもシアトル・ビギナーです。思いっきり、観光がしたい。そうとなれば、スカジット・バレーを訪ねない手はありません。


よく晴れた次の日曜日。さっそくスカジット・バレーに出かけることにしました。この日のスタートはマウント・バーノン。シアトルから100kmほど北に位置する小さな町です。以前、この町を訪れたときは気がつきませんでしたが、いたるところにチューリップのマーク。本当に、チューリップの町なんですね。


チューリップ畑を見学する観光客でできた大渋滞に胸が高鳴ります。これは期待がもてそう。交通渋滞も自転車の私たちには関係ありません。ふふ。脇道に逃れて、のんびり走ります。青空が、そよ風がなんと心地よいことでしょう!(と、いっても、まだ肌寒いので私には薄手のダウンが必須です)


途中、打ち捨てられたクルマを発見。と、思ったら、どうやら売り物のよう。こうした風景は日本ではあまり見かけないので、文化の違いを感じます。でも、このクルマを買うのって、ちょっと勇気がいるかも。スペア・エンジン付きらしいですが……。



一面のタンポポ畑。すっかり春ですね。でも、チューリップ畑はどこ? 見渡す限り、それらしき畑はありません。


けれど、道標にはしっかり「TULIP ROUTE(チューリップ・ルート)」って書かれているんですよね。う〜ん。どこにチューリップ畑があるのかしら。……もしかして、期待はずれ? というドキドキを隠しつつ、急ぐ旅路でもないので、ぷらぷらと走ります。まぁ、そのうち見つかるでしょう。


黄色いお花畑に、やっと見つけたーーー! と、思って食い気味で走って……近づくと……あらら。水仙畑です。すごくきれい! でも、今日はチューリップの気分なので、どうにも複雑な気持ちです。

チューリップ畑はどこ?? なかなか見つかりません。そして、走ること数キロ。


ようやくチューリップ畑にたどり着きました! 心が少ししぼみかけたところに、この一面チューリップ畑です。日本の風景に例えたなら、6月の美瑛。富田ファームといったところでしょうか。すごい。きれい! 


春から冬にかけて、シアトルは本当に雨ばかり。晴れていたと思っても、シャワーのような雨がザーッと降らない日はほとんどありません。「冬=冬晴れ!」というイメージをもつ日本人である私にとって、ちょっと、、ちょっと、、なシアトルの冬。ようやく本格的な春の到来を感じさせる鮮やかなチューリップ畑。やっぱり春はこうでなくちゃ!


観光客向けのチューリップ畑が満開だったのに対して、販売用のチューリップ畑はまだつぼみ。瑞々しいですね。満開の華やかな美しさとは異なる、清々しい美しさに心打たれます。きっとこれから市場に届けられ、北米中の家庭に春の彩りを届けてくれることでしょう。春っていいな。


チューリップ・ルートを後にして、昼食はラ・コナー(La Conner)で。かわいらしい漁師町で、ちょっとした観光地にもなっている様子です。風情もなにも考えず、神戸牛バーガー(!)を食べたのは、ここだけのヒミツです。。走った後って、お肉、食べたくなるんです。


スカジット・バレー周辺は、とてもフラット。東京近郊で、これだけ開放感のあるフラットなエリアは思いつきません。まるで北海道の十勝平野みたいです。


陽も陰ってきたので、再びマウント・バーノンを目指します。橋の本数が少ないので、水路と川を越えて町を目指すのに、ちょっと大回りしなくてはいけませんが、初めて訪ねる土地は、目的なく走るだけでも楽しいのが嬉しいですね。


フロントバッグには、小さな売店で購入したローカル・アーティストのポストカード。今も、チューリップ・ルートを走っている気分です。


ふと、雨のファーマーズ・マーケットで購入したチューリップの花束を思い出しました。スカジット・バレーを訪ねるきっかけをくれた花束。今日のサイクリングは、とても充実していました。なかなか見つからなくてドギマギしたけれど、チューリップ畑を見つけたときは、嬉しかったなぁ。

帰宅してから購入したチューリップは、今も私たちのダイニングを彩ってくれています。チューリップの季節は、まだもう少し続きます。日本もちょうど、季節ですよね。どうか、みなさんも、春の恵みを楽しんで!

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